茶わんむしの歌ルーツは
1998・6・27南日本新聞記事から
1981(昭和56)年発行の鹿児島大百科事典を調べたところ、「茶わんむしの歌は鹿児島の民謡や童話の発掘、保存に努めた故・久保けんおさんが大正末期、石黒ヒデが姶良郡の小学校で学芸会の劇中歌として作ったと書いてある。
石黒さんの娘、安子さん(70)の話「不幸な生い立ちの少女が主人公の劇を母が作ったそうです。でもかなりセンチメンタルな内容だったので別の学校に転勤したよく年、最後の部分を作りなおし、そこで茶わんむしの歌をつけたそうです。吹雪の原から春の森へと抜け出て希望を見いだした少女らが、茶店へ入る。そこで茶わん蒸しを注文したところ、店の女性が「茶わん虫」と聞き違えた。」その後ヒデさんは教師を辞めて上京、50年あまりたって、ふるさとで茶わんむしが歌われているのを知ったという。・・・・・・・