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ふるさとの川探訪 高須川編

高須川鹿屋市

高須川は、大隅半島の高隈山系を水源とし、山やまのあいだを流れ下り、錦江湾の高須にそそぎこむ全長16km前後の河川である。流れ途中の一部には凝灰岩を浸食してできたかなり深い峡谷が見られ、変化に富んだ河川である。高須川は水質が良く、上流の高牧川の水は、柳上水場で取水され、鹿屋市の水がめの一部となって利用されている。
高須川水系には、磯吉橋・大花橋・有川橋・高橋の石橋が現存し、流域には田の神様像や観音像、磨崖物等の史跡が残り、歴史や文化の跡が偲ばれる。8月第一日曜日には、町内をあげて祇園祭と刀舞が大々的に開催される。  2009年9月11日  最終探訪日 2010年8月1日

高須川河口風景 2009/9/11

内容
高須川架設の石橋 「磯吉橋・大花橋・有川橋・高橋 高須川と一里山橋
高須川流域の史跡「野里の田の神」「滝の観音、磨崖物 高須川風景
高須川架設の石橋
高須川水系には、貴重な石橋が残る。現在では老朽化が進み、上部をコンクリートで補強するなど改修が行われ、現在も住民の通行手段として利用されている。アーチ部分の石積みは建設当時の面影を伝えている。橋の周辺は雑木や竹林が生い茂り、早急な保存対策が望まれる。
「磯吉(いそきち)橋」(白水町一里山)
  橋長:16.0m  橋幅:3.5m  架設:大正9年
ここ榎崎の地は高須川の渓谷で遮断され、農耕地に適していながら交通の便が悪く荒廃していた。明治7年(1974年)に郷之原に生まれた「郷原磯吉」は、41歳(大正3年)のときに開拓を決意し、私財を投じて大正9年に石橋を完成させた。この石橋完成により入植者は増し、生産力も上がり、その恩恵は図り知れぬものが多く翁は開拓の父と仰がれた。その偉業は長く後人の範となり、現地には郷原磯吉翁顕彰之碑が建立されている。

磯吉橋全景 橋の周辺は草木が生い茂り、橋の全景をとらえる事ができない。

橋の親柱に「磯」の文字が残る。
磯吉橋現況 今でも通行利用されている。 郷原磯吉翁顕彰の碑
郷原磯吉翁顕彰之碑文 「翁は、明治七年郷之原に生まれ、若いときから特に公共奉仕の念に厚く、ここ榎崎の地が地味肥沃で農耕に適していながら高須川の渓谷で遮断され、全く交通の便もなく荒廃に帰しているのを心から嘆き、大正三年翁四十一歳を期して開拓を決意し、仮橋を渡すなどしてこの地の開発に希望を燃やした。 翁は、石橋架設に身命を賭して乏しい私財をなげうち、大正九年十二月二十三日完成させ、道路の新設など、当時の金額で三千三百余円を投じている。 この石橋完成により入植者は増し、生産力も上がりその恩恵は図り知れぬものが多く、翁は開拓の父と仰がれ、ときの県知事表彰の栄にも浴しているが、惜しいかな万人哀悼の中で、昭和十四年十二月二十八日、六十七歳でその偉大な生涯を終えられた。しかしながら、翁の烈々たる愛郷心に基づく偉業は永く後人の範となり、今後もさん然として、この地に光り輝くであろう
「有川橋」(鹿屋市小薄町、海道町)
  橋長:23.8.0m  橋幅:3.94m  架設:大正7年

2連アーチの有川橋

橋脚部分

有川橋上部

記念碑
「大花(おおばな)橋」
橋長:13m   幅員:5.95m  架設年代;昭和11年

大花橋全景
高須川水系の石橋「高橋」
橋長:8.7m  橋幅:3.8m 架設:不詳

高橋全景と高橋渓谷

高須川と一里山橋
一里山橋は国道220号線鹿屋バイパスに架かり、平成4年3月に完成した橋で長さが188mある。一里山橋の由来は 江戸時代中期、花岡島津家の居城鶴羽城(現鶴羽小学校)から鹿屋方面への一里塚が建立されていたことから通称この地は「一里山」と呼ばれており「一里山橋」と名付けられた。

一里山橋全景

高須川から眺める一里山橋

橋上から眺めた眼下の風景
高須川流域の史跡「野里の田の神」「観音像、磨崖物」
野里の田の神
五穀豊じょうをもたらす農神として寛延4年(1751年)に建立された。柔らかい凝灰岩の丸彫りで、石台の上に両ひざで立ち頭にコシキをかぶり、右手にメシゲ、左手に鈴を持ち、表情は可憐である。この像と同型のメシゲ、鈴持ち田の神舞型のものが大隅に八体ほどあり、野里の田の神はその中でも最古とされる。県指定有形民俗文化財(昭和43年3月29日指定)
高須川「滝の観音像」・「磨崖物」

高須の磨崖物

滝の観音像

高須川風景
高須川大橋と橋上からの眺め 


深い渓谷を清流となって流れる高須川


高須川上流合流点の渓流風景


更に上流源流点を目指す。高須川源流点近くの白滝

PS:内容の一部は「語いもんそ きもつっ川」の主催による高須川現地視察をもとに作成しています。「語いもんそ きもつっ川」はふるさとの川である肝属川について、地域住民と共に考え、親しみやすく安らぎのある「自慢の肝属川」を創っていくことを目標に今後の肝属川の方向性について、会員からの意見・要望等を集約し、大隅河川国道事務所へ提言することを目的に結成された会である